道ばたの一茎の花
先日、出雲市の小学校の校歌録音に参加しました。このコロナ禍にあって実に8ヶ月ぶりの仕事でした。2日間で34校分の録音をこなすというのは大いに集中力を伴いましたが、そこに輪を掛けて大変だったのは、校歌の音域の狭さと低さ、そして詩に込められた願いと精神性による独特の難しさでした。いずれの校歌にも、風土や歴史に絡めて、どの様な人間に育ってほしいのか、という願いが込められていました。
我が母校、くらしき作陽大学の精神は、学是に「念願は人格を決定す 継続は力なり」と掲げられているように、住岡夜晃師の精神を通じて仏教に根差しています。
本日は「道ばたの一茎の花」から始まる詩をご紹介させて頂きます。
道ばたの一茎の花
それはいと小さいかもしれぬ
しかし彼の上には春がおどっている
小さく生まれた恵まれた一人の人間
それはいと小さいかもしれぬ
しかし愚者の上にも凡人の上にも如来はおどる
桜の上におとずれた春も
小さきすみれの上におどる春も
春は春である
高僧聖者と名もなき老婆と形こそちがえ 太さこそ変われ
如来廻向の春には寸分の差異もない
そこに平等の世界がある住岡夜晃著『讃嘆の詩 下巻』より
音楽家は、まさに理想の道を演奏を通じて指し示さねばなりません。人の心に調和を齎し、自由平等平和実現の一助となるのです。
のっつ。
by Ryosuke_Notzu
| 2020-09-16 16:55
| 修身活動
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